Performance

朗読『遠い雨音を聴く』

大学院時代にエチオピアで行ったフィールドワークの滞在記をまとめた私家版の書籍『遠い雨音を聴く』(デザイン:高橋真美)を題材に、著者自身が書店空間の各所で朗読を行いながら、観客のあいだに身体を差し入れ、終盤には店外の路上へ出て踊る構成で上演した。振付は熊谷拓明。終演後には水上と熊谷によるアフタートークを実施した。詩をはじめる本屋 蒼枯の協力により実現した。

なぜ朗読に踊りをつけたのか

この本に書いたのは修士論文で扱ったフィールドワークのことだが、論文を書いている院生時代はずっと苦しかった。フィールドで起きていたことが言葉になっていない感覚があり、しかも論文というフォーマットに落とし込む過程で、いろいろなものがこぼれ落ちていくことが苦しかったのだ(フィールドワーカーは誰しも経験する気がするし、それを乗り越えるのも学問だと思う)。そのこぼれ落ちたものを拾えないかと思い、エッセイの形で書いたのが『遠い雨音を聴く』だった。しかし、書いてもなお、やりきれていないものが残っていた。

『遠い雨音を聴く』に書いてあることは、私の身体がその場で感じ取ったこと、葛藤したこと、憤ったことのはずだ。ただ、言葉になった途端に情報のように紙に掲載され、感覚や情動が、間接的な形でしか書けていないように感じた。そうだとすれば、身体をそのまま媒介にしてみたらいいのではないかと考えた。かなり短絡的だと自分でも思うが、これが今回の出発点である。

言葉からあふれたものを拾うだけでなく、身体で何かを受け取り、身体で何かを出すという回路を自分の中につくりたいとも感じていた。踊ることはそれに一番近い活動のような気がしていたが、どのようにそれを行えばいいのかわからないな、と当初は逡巡していたのだと思う。

熊谷さんと踊った4か月

振付をお願いしたのは、ダンス劇作家の熊谷拓明さんだ。熊谷さんは当時「あなたのソロを創ります」と題しダンス劇を制作する枠を販売していた。現在は「あなたの今を、あなた達の現在を踊りにしませんか?」と表現されている。https://www.odokuma.com/tukuru

その制作を依頼し、本番までに、熊谷さんとは5回ほど会った。最初はどう踊るのかまったく決まっていなかったので、東中野の街を歩き、おかのうえ公園に行って動いてみるところから始まった。公園で動いたあとにスタジオに入ると、同じことをしているつもりでも身体がまるで違うものになることに気がついた。壁に囲まれた室内では、壁との距離を身体は無意識ではかり、調節する。そんな中でも、公園で空に向かってひらいていたときのように、身体を動かせるのだろうか。外の工事の音や車の音を受け取ることができるのか。熊谷さんとの稽古の数回は、屋外の身体を室内で再演する訓練だった。

熊谷さんから最初に言われたのは、私は肩が内側に入って、下を向き小さくなる癖があるということだった。下を向いて、前傾して揺れる。それだと下にあるものや内側にあるものは丁寧に拾えるが、外や観客に開かれない。肋骨を開いて、外の音や感情が入ってきやすい身体にしてはどうか、という助言だった。そして、何度も言われたのが「ダンスっぽい動きをしないでみたら?」だった。動いているうちに、自分の中で何かの限界が来て、自分が思うダンスらしい動きをし始めてしまうことがよくあった。「踊りってこういう感じでしょ?」のように。その動きを指摘されるうちに、自分でも気づけるようになっていった。熊谷さんは、既存のムーブメントをなぞることではなく、その人の骨だからこそ動かざるを得ない固有の動きや環境に呼応する身体にこだわる。

公演前の重要な転換点は、岐阜の庭文庫での初演だと思う。即興で精一杯動いているつもりなのに、日常の動きと区別がつかず、見ている側に戸惑いが生まれているような気持ちになった。そして、規定の時間よりも短く踊り終えてしまった。これは何だったんだろう。その後、熊谷さんと再集合し稽古しながら、岐阜で得た感覚について共有した。その際、熊谷さんがアドバイスしたのが「許しを請う」ことだった。身体は、そこにあるだけで暴力的なものだ。例えば、家に帰って見知らぬ人が立っていたら怖く感じる。他者の身体は何かが起きるかもしれないという感覚を呼び起こすオブジェクトなのだ。だから踊り手は、ここで踊ってもいいですかという交渉を、観客と行う必要がある。スポットライトがあれば、その交渉が舞台装置によって援助されるが、それが無い場合、身体で許しを請う必要がある。その感覚を持って即興で動いてみると、たしかにひらかれる感覚があった。映像で自分の動きを振り返って見ても、動きがひらかれ、見やすい形になっていた。

当日、何が起きていたか

雨が降りそうで降らない、あいまいな曇天の中で朗読『遠い雨音を聴く』がおこなわれた。これは見方によってはダンスであり、パフォーマンスであり、朗読会である。本屋の空間に着席した観客は、私の言葉を発しない動きをみるところから会がはじまった。

パフォーマンスの中では、交渉そのものを意識する余裕はなかった。動いているあいだ考えていたのは、テキストのことではなく、エチオピアの赤い砂埃や太陽の近さだった。

踊る工夫としては、熊谷さんの助言で、店の角ごとに決めた動作を設計していた。この角では水を飲む、この角では外のことを考える、この角ではエチオピアのことを思い浮かべる。決めてある方が安心できるということもあるが、それ以上に、その場の流れに乗ったまま出られなくなることを防ぎ、意識的に変化を起こすための装置として部屋の隅を使ったのだった。

感想の中で「エチオピアの砂埃を感じた」という人がいた。公園の身体を室内に持ち込むという練習が、一部は成立していたのだと感じ、とても嬉しかった。去年の朗読会をしたときに来てくれていた参加者からは「全然違って立体的に感じられた、現地の言葉の発音が違っていた」と言われた。自分でも、テキストと自分とエチオピアのあいだにそれぞれ距離がついた感覚があったのは事実だ。それによって立体感が出てきたのだろう。「人間の身体が過去の時間を通過してきた物質だと感じた」というコメントもあり、じんわりと胸があたたかくなった。

一方で、詩人の方からは、熊谷さんが最初に見たというカクカクしたロボットのような動き、小さく内向きの動きこそ人類学者の身体だったのではないか、それを見たかった、という指摘があった。これはよく分かる。しかし、ひとりで踊った映像を自分で見ると、独り言をずっと言っているような、よくないものを覗き見してしまったような気恥ずかしさがあって、それを外に出すことはできなかった。熊谷さんという一人の観客が4ヶ月間、見続けてくれたことで、私の身体は変化していった。その変化前を見せるにはどうすればよいのか、そもそもそれは良いことなのか、答えはまだない。

体感しつつあること

観察者として、私はこれまでできるだけ止まっているようにしてきた。自分が一緒に動いてしまうと変化が見えないからだ。止まるというのは比喩だけではなく、怒ったり悲しんだり喜んだりをできるだけしない、止まった心持ちでいるということでもある。そこには限界があり、その状態では到達できないところ、見えないところがあるとわかってきた。動くことがその打開策になるかもしれない、と思っていたが今回それをやってみたのだ。やってみて体感したのは、思っていることがそのまま身体にでてしまうということだった。受け入れられるのが怖いのか、もう少し踏み込もうとしているのか、それら全てが身体と動きに表出し伝わってしまう。

もうひとつ気づいたこととして、私はいつも他者を創造のプロセスに入れようとしているということだ。この本もひとりでZINEのように作ることもできたのに、高橋さんにデザインをお願いし、アートブックのようになっていった。文章を書くときも、できるだけ他の人に読んで貰おうとする。自分だけのものを出すことに自信がないのか、勇気がないのか、価値を感じないのか、常に別のものを混ぜようとする傾向があることがわかった。振付を熊谷さんに頼んだのも、他者として創作のプロセスに加わってほしかったのだと思う。

何をやりたいのかは、考えているだけでは分からない。差し出してみて、誰かに拾われたり、受け取られたりして初めて、自分が差し出したかったものの輪郭が見えてくる。今回はその輪郭を確かめる機会だったし、腑に落とす踊りでもあった。まだまだ身体で探究していきたいと思っている。どうしたら踊り続けられるだろうか。

朗読『遠い雨音を聴く』概要

日時:2026年9月5日(土)
会場:詩をはじめる本屋 蒼枯(東京・東中野)
出演:水上優(朗読・パフォーマンス)
振付:熊谷拓明(ダンス劇作家)
アフタートーク:水上優、熊谷拓明
写真:高林怜奈